ピンと弾かれ、それを躾けているのかと問いたくなる向きに手の甲へ落ちるコインをもう片手でさっと隠し「どっち?」と妖艶に笑む。せいぜい小さなショーの落し物を拾う役が似合いの僕が彼女に欺かれ続けるのは、決して拾う事の無いコインと同じく僕も彼女の手に落ちたからに他ならない。

初めては痛い、と聞いた事があった。だから唇を噛み締め、きつく目を瞑る。肌に押し当てられる鋭い先端。埋まってゆく。埋まってゆく。背筋を未知の感覚に擽られる。次第と僕の唇はほどけ、その隙を狙っての貫通、の少々手前にて。先程得た感覚をまた求め、僕は耳に刺した太い針を引き戻した。

親指で細身の薄板を呼び、錆を抱く一角を前歯に挟んで、傾度のある長方形を分けて貰う。そして長方形をしゃぶりつつカッターナイフで腕に絵を描く。啜っていない絵の具の味は口腔内にて先行公開、次いで出鱈目な絵画に淡色の性感が咲き乱れる。それが面白くてならない時期が、僕にはあった。

「おれ、数学以外ぜんぶ苦手でさ」赤点で返ってきた日本史の答案を見ながらTくんは溜息と肩を落とした。いつも笑顔の彼なのに。なんだか面白くてつい笑ってしまうと、Tくんは「人間を好きになる事も、死にたいと思わない事も、得意になれたらいいのになあ」という小声と視線も床へ落とした。

仲間達からはぐれた寂しがり屋のライオンは、唯一の自信であった綺麗な鬣を哀しみの風に揺らされるまま立ち尽くす。何者かが通り過ぎても、叶うなら生まれ持ちたくなかった攻撃的にしか映らない大きな牙を怖れて彼らは瞬く間に走り去る。追い掛けて食らうなんて、寂しいから出来っこないよ。

「古いし動きは鈍い。もう使えないな」と、男は廃棄所へロボットを運ぶ。廃材が成した山のふもとへと抵抗のブザーも鳴らさなければ腕であるじを突き飛ばすでもない動かぬ機械を担いでゆき、男は関係ごとロボットを棄てた。男が去ったのち、ロボットの眼部分からはオイルが一滴漏れたという。

膝をついて号哭する僕の元に寄る蟷螂は今の心には眩く、虫に縋ろうだなんて、との自制は蟷螂の餌になった。勢いを増す下睫毛が上流となる川は頰の小山に沿ったカーヴを描き、滴っては土に池を拵え、蟷螂は首を傾げて一歩それに踏み入った。ああ、きみが人間だったら、力強い抱擁が出来たのに。

眼鏡のレンズを通しさえすればぶれて掠れたあやふやな像の正体も知れるだろう?ならばそれを握っていないで掛けるんだ、一秒も早く。目を逸らしたい気持ちは僕にも解る、ひどい現実を明確に映さずに居たい、それは此方も同じ。乱視を理由に逃げるんじゃない。視るんだ、僕と同じ残酷な日々を。

あなたの名前は美しき旋律。夜が更けてもなお僕は口遊みを辞めない。crescendo、da capo、decrescendo。終止の記号は決して打たず、其処に辿り着くまでに二本の黒線の手前に二つの点を記す。朝が来るまで。陽が傾くまで。そうして自分で決めたって、何度も口遊んでしまう旋律なんだ。

きみの手首と僕の手首を、隈無く荊棘で飾られた蔦で結ぼうよ。そうしたら並んで夕陽が段々浸かってゆく海を見に行って、満ちゆく潮に僕らも橙色の円形と同様に共に身を浸して鮫あたりの餌になろうよ。否定からの逃避は何処迄も。死が行き止まりなら、それが最善の選択に決まっているでしょう。

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